2010年3月25日木曜日

アメリカの医療保険改革法が成立した―それがすごいことである理由

アメリカ議会で医療保険改革法が成立しましたね。これは「歴史的出来事」とも言えることで、よくぞ成立したと拍手を送りたいです。といっても、すでにフロリダ州など14州の司法長官が連邦政府を相手に無効確認を求める訴えを起こしているようですが・・・

国民皆保険制度の国である日本人の方にとって、この「医療保険改革法が成立した」というニュースは、あまりピンと来ないかもしれません。日本のニュースでも度々報じられていますが、米国は先進国で唯一国民皆保険制度がひかれていない国で、高齢者や一定所得以下の方を除く、公的医療保険は存在せず、米国市民や米国に滞在している外国人は皆、就労先を通じてか、個人で医療保険に加入しなければなりません。とはいっても、医療保険は非常に高額なため、個人で入るのも大変ですし、最近では中小企業が従業員の福利厚生から医療保険を外すところも出てきたぐらいです。

ちなみに、どれぐらい高額かですが、Kaiser Family Foundationという団体が発表した結果によると、2009年における個人の年間医療保険費は$4,824、家族の場合$13,375でした。昨年から続いている円高相場を無視し、1ドル100円というおおざっぱな相場で日本円に直すと、個人で約48万円、家族だと年間約134万円かかるということです!

ちなみに「医療保険費」というのは、「保険への加入」にかかる費用のことで、これ以外に「Co-pay(コペイ)」と呼ばれる診察費がかかります。保険の種類によっていろいろですが、コペイは一律であることが多く(例:一般の医師にかかった場合には一律1回20ドル、専門医にかかった場合には一律1回40ドルなど)、それ以外に薬代や検査費などの費用がかかります。このコペイのシステムや薬代の計算方法、検査費の計算方法などは、保険ごとに異なっており、例えば年間の保険費が安いものであればコペイや高く、年間保険料が高いものであればコペイは低い場合が大半です。

それだけではありません。住んでいる場所によっても保険費が変わりますし、また保険によってカバーする内容も異なる上、病院によって受け付ける保険、受け付けない保険があるのです。つまり、Aという保険会社が1から5までの医療保険(プラン)を用意しており、それぞれ保険費、カバーする内容、コペイの金額、その保険を受け付けてくれる病院などが異なっており、例えばA社の3というプランに入っていたけれど、会社が経費削減のために1というプランに変更した、という場合、コペイも変わるし、かかりつけの医者も変えなければならない、という事態も発生するのです(私が実際に経験しました)。恐ろしいことに、保険会社は多々あるため、医療保険の種類は「保険会社数×プランの種類」だけあるということです。

これだけ複雑な医療保険。これまで数々の大統領が医療保険改革に乗り出してきましたが、ずっと失敗に終わっていました。にもかかわらず、今回法案が可決されたことは本当に「歴史的出来事」なのです。

しかし、なぜアメリカには医療保険改革に対する根強い反対があるのでしょう?よく、「保険会社が議員を抱き込んでいるから」「ロビー活動がすごいから」という理由が聞かれますが、それだけではありません。多くの市民が反対運動を全米で展開してきたことからもわかるように、アメリカ市民達にも反対派が多いのです。

反対する理由の大きなもの。それは「政府にコントロールされたくない」ということです。先ほど紹介した医療保険費の平均は、あくまで平均です。つまり、これより高いものも、低いものもあるわけです。ですから、米国市民はその「数ある医療保険」の中から、「自分に合ったもの」を選び出し、それを受給したいと考えているのです。

実を言えば、医療保険への加入を促進させるため、州や郡、市などが様々な援助プランを用意しています。もちろん様々な制限がありますが、条件に合致しさえすれば加入できますから、「本当に困っている人たち」が保険に加入できずに困ることは少ないと言えるでしょう。とはいっても、「その保険を受け付けてくれる医師が少ないから嫌だ」「近くにその保険を受け付けてくれる医者がいない」といった理由から、その保険に入らず無保険になっている人たちは多々いらっしゃいます。

ここが難しいところです。価値観が多様化し、いろいろな「モノ」があふれている時代に生きている私たちにとって、100人が100人の要望をかなえる「モノ」を作り出すことは非常に難しいと言えるでしょう。医療保険にしてもしかり。いくつもの種類の医療保険があっても、自分の欲求にぴったり合うものは正直ないのではないでしょうか?

雇用先を通じて医療保険に入っている人たちはさておき、自分で医療保険に加入しなければならない場合、数ある保険から自分で好きなものを選ぶ。もし希望に合うものがないのであれば、高い保険費を払わず、あえて無保険を選び、必要になったときにそれなりのものに加入する。-そういう選択肢をアメリカ人は持っていたということです。

今回、医療保険改革法が成立し、これからアメリカに住む人たちは医療保険に加入することが義務付けられました。これはアメリカ人にとって、そしてアメリカに住む人たちにとって、本当に良いことなのでしょうか。

その答えはまだわかりません。ただ、今回この法案が成立した背景には高騰する医療保険費の問題があります。
これについては次の会で詳しくご説明したいと思います。

家の近所の桜が咲き始めました。
日本に戻って早1年。帰国が決まった時から「海外に住む日本人の方のために役立つことをやってみたい」と思っていました。ぜひ海外で生活されている皆様のお役にたてるよう、社会保障に関する多くの情報を提供していきたいと思います。